基本情報
概要
1. 開会式&基調講演 (9:00 - 10:05)
司会: 北京大学外国語学院日本語学部 丁莉
• 開会挨拶&特別講演
江戸時代の「底野迦真方」とその写本
北京大学外国語学院院長・東方文学研究センター主任 陳明(20分)
• 基調講演
「注釈の古典と現代」
東京大学文学部 齋藤希史(20分)
「比較文学文献学:読書書目による交流関係の校注」
四川大学文学与新聞学院 張哲俊(20分)
• コメント 早稲田大学文学学術院 河野貴美子(5分)
記念撮影&コーヒーブレーク(10:05 - 10:20)
2. 論文発表(各発表20分 コメント10分)
前半(10:20 - 12:00)
司会:北京外国語大学(北京日本学研究中心) 張龍妹
•発表1(10:20 - 10:40)
「『蜻蛉日記』における長歌の出典に関する一考察」 南京大学 黄一丁
•発表2(10:40 - 11:00)
「『源氏物語』における「雨夜の品定め」の時空―クロノトポス論を視野に入れて―」外交学院 馬如慧
•コメント(11:00 - 11:10)
中国側:北京外国語大学(北京日本学研究中心) 張龍妹
日本側:東京大学 田村隆
•発表3(11:10 - 11:30)
「『扶桑集』部類項目再検討」 廈門大学 廖栄発
•発表4(11:30 - 11:50)
「句題詩序の校勘の可能性 ―『本朝文粋』巻十を中心に―」 北京外国語大学 李筱硯
•コメント(11:50 - 12:00)
中国側:中国人民大学 李銘敬
日本側:京都大学 道坂昭廣
後半(13:00 - 15:30)
司会:中国人民大学 李銘敬
•発表5(13:00 - 13:20)
「日本の絵詞と敦煌の変文」北京大学 向偉
•発表6(13:20 - 13:40)
「『今昔物語集』における咸陽宮景観の出典考」北方工業大学 趙季玉
•コメント(13:40 - 13:50)
中国側:北京大学 丁莉
日本側:明治大学 馬場小百合
•発表7(13:50 - 14:10)
「「太平記」と宋学——孟子思想の受容を中心に」 首都師範大学 張静宇
•発表8(14:10 - 14:30)
「蕪村俳画の方法」浙江大学 胡文海
•コメント(14:30 - 14:40)
中国側:清華大学 高陽
日本側:東京大学 徳盛誠
•発表9(14:40 - 15:00)
「『新語園』の内容構成とその文学的影響」南開大学 蒋雲斗
•発表10(15:00 - 15:20)
「慈童説話におけるテキストの変遷と王権物語の構築」北京大学 虞雪健
•コメント(15:20 - 15:30)
中国側:首都師範大学 周以量
日本側:北海道大学 金沢英之
休憩(15:30 - 15:50)
3. ラウンドテーブルディスカッション(15:50 - 17:20)
司会:京都大学 道坂昭廣
4. 閉会式&会議総括(17:20 - 17:40)
総括と閉会挨拶:東京大学 齋藤希史
閉会挨拶:北京大学 丁莉
主催
科研「思考のための注釈:東アジア古典学の創新に向けて」
北京大学外国語学院日本語言文化系
当日レポート
第2回東アジア古典学の方法国際シンポジウム報告
2024年11月23日、北京大学において「第2回東アジア古典学の方法国際シンポジウム」が開催された。本シンポジウムは、北京大学外国語学院と東方文学研究センターの主催、東京大学人文社会系研究科などの協力のもと実施された国際学術会議である。北京大学、清華大学、中国人民大学、北京外国語大学、首都師範大学、外交学院、北方工業大学、四川大学、南開大学、南京大学、浙江大学、廈門大学など国内の主要大学、および東京大学、京都大学、早稲田大学、北海道大学など日本の主要大学から第一線の研究者が集い、東アジア古典学における最新の研究成果が共有された。特筆すべきは、研究対象が古代から近世にまで及び、文学、思想、文化交流など多岐にわたる分野横断的な議論が展開されたことである。
北京大学外国語学院日本語学部の丁莉教授の司会のもと、開会式および基調講演が行われました。
まず、北京大学外国語学院院長・東方文学研究センター主任の陳明教授による開会の挨拶と特別講演「江戸時代の『底野迦真方』とその写本」が行われました。本講演では、古代ギリシア・ローマに起源を持つ解毒剤「テリアカ(Theriaca/底野迦)」の東アジアへの伝播過程が詳らかにされ、特に江戸時代日本における受容の諸相が検討されました。早稲田大学図書館所蔵『底野迦真方』写本を中心とする文献群の精緻な分析を通じて、近世における東西医学の交流と、その文化的意義が浮き彫りにされました。
続く基調講演では、東京大学文学部の齋藤希史教授が「注釈の古典と現代──その接地性をめぐって」と題する発表を行いました。AIによる注釈やデジタル化が時代の潮流となる中、古典の読解における「接地性」(古典テキストと現実をいかに関連付けるか)について論じられました。具体的には、謝霊運「山居賦」を例に、古典詩賦における序、題、注などの副次テキストがいかに「接地」機能を果たすかを分析し、このような古典注釈の手法が人工知能時代においても深い思考の方法として意義を持つことを論証しました。
四川大学文学与新聞学院の張哲俊教授は、「比較文学文献学:読書書目による交流関係の校注」と題する発表を行い、従来の一般的な書目校注からより具体的な読書目録の校注への新たな方法論を提案しました。瑞渓周鳳の『画梅』『湖山晴雨図』などの実例を通じて、この方法を用いて文学的交流関係を校注・復元する手法を示し、その学術的価値を論証しました。
これらの講演に対し、早稲田大学文学学術院の河野貴美子教授から、それぞれの発表の核心に触れる示唆に富むコメントが寄せられました。陳明教授の講演については、物質文化の東西交流における言語の問題に着目し、翻訳を通じた知識体系の再構築過程を丹念に追う研究手法の意義が指摘されました。特に、医学用語の伝播と変容という視点から、東アジアにおける文化受容の特質を捉える可能性が示されました。齋藤教授の発表に対しては、古典注釈の持つ二重性―テクストの理解と世界認識の手段としての側面―に注目が促されました。現代における注釈の可能性を論じる上で、古代における注釈の自己認識という問題系との接続が重要である点が指摘されました。張教授の提起した比較文学文献学の方法については、読書目録研究が単なる書誌研究を超えて、東アジアの知的交流の実相を解明する有効な手段となりうることが評価されました。同時に、「比較」という概念自体の歴史的展開を踏まえた方法論の精緻化への期待も示されました。
北京外国語大学(北京日本学研究中心)の張龍妹教授の司会のもと、前半の研究発表が行われました。
南京大学の黄一丁先生は「『蜻蛉日記』における長歌の出典に関する一考察」を発表されました。『蜻蛉日記』における「よつにわかなくむことり」という表現について、本文批判を展開するとともに、「すもり」「かひ」などの語の典拠を精査しました。とりわけ『孔子家語』の「桓山之鳥」や『国語』『戦国策』における政治的寓意との関連性を指摘し、安和の変や源高明左遷をめぐる道綱母の内面を読み解く新たな視座を提示しました。外外交学院の馬如慧先生は、バフチンの時空体理論を用いて『源氏物語』「雨夜の品定め」の叙述構造の重層性を分析しました。特に、男性による女性論議に対して女性たちが評価を加えるという入れ子構造に着目し、従来の解釈の枠組みを超えた新たな視点を提示しました。
両発表に対し、まず張龍妹教授は黄一丁先生による「卵」と「砕」に関する解釈を評価しつつ、和歌の表現伝統および贈歌における相手の理解可能性についても考慮するよう提言しました。また、平安時代の女性による政治的表現の問題については、より広い視野からの検討が必要だと指摘しました。馬如慧先生の研究については、バフチンの時空論による分析手法の有効性を認めながら、この視点が『源氏物語』の方法としてどのように機能しているか、また物語の展開や人物造形における具体的な表れについて、さらなる考察を促しました。東京大学の田村隆教授は、文学史的・文献学的観点から、黄一丁先生に対して愛宮和歌との関連性について新たな視点を示すとともに、典拠の重層性からのさらなる探究の可能性を指摘しました。馬如慧先生の発表に関しては、叙述構造分析の精確さを評価しつつ、他の場面における叙述の特質との比較研究の重要性を提言しました。
続いて、廈門大学の廖栄発先生が『扶桑集』の資料的価値について論じられ、同書の部類項目について再検討を行いました。先行する類書や詞華集が『扶桑集』に与えた影響、および『扶桑集』が後世の詞華集に与えた影響を探りながら、従来の研究では想定されていなかった「宝貨部」「光彩部」などの部類や「三月尽」「九月尽」などの項目を指摘されました。特に「三月尽」「九月尽」という日本独自の分類の意義について重点的に論じられました。北京外国語大学の李筱硯先生は、『本朝文粋』巻十の句題詩序について、身延山本を基準とする新たな校訂の可能性を論じられました。句題詩序の構成規則や漢詩の表現技法、典故を精査することで、新大系本および国史大系本の校勘に対して重要な修正提案を行われました。
中国人民大学の李銘敬教授は、廖栄発先生の『扶桑集』研究、特に類書との比較による部類項目の復元作業を高く評価される一方で、「釈教部」などの日本独自の部立ての成立過程についてより詳細な検討を求められました。李筱硯先生の『本朝文粋』校勘研究については、句題詩の構造分析に基づく斬新な校訂方法を評価され、単なる対校に留まらない、句題詩の構成原理に基づく校訂方法の重要性を指摘されました。京都大学の道坂昭廣教授は、文献研究と文学研究を架橋する観点から、廖栄発先生の研究を高く評価されました。特に『扶桑集』の「時節部」における「三月尽」「九月尽」などの項目を例に、中国の影響を受けながらも日本独自の発展を遂げた点を論証されたことを評価し、類書などとの対応関係を考察する際には、中国の書目を単に規範として捉えるのではなく、日本独自の発展経路にも注目すべきとの提言がなされました。李筱硯先生の発表については、文献学的手法による『本朝文粋』の校訂の有効性を確認されるとともに、中国漢詩の平仄規則を用いて日本漢詩を校訂する研究方法を高く評価されました。同時に、句題詩序の文学的・思想的側面からの分析の重要性を強調され、文献学的考証と文学思想分析を結合させることで、より包括的な理解が得られるとの示唆を与えられました。
午後の部では、中国人民大学の李銘敬教授の司会のもと、後半の研究発表が進められました。
北京大学の向偉先生は、日本の絵詞と中国の図巻・敦煌変文の形式的特徴を比較研究し、それらの共通点と相違点を明確にするとともに、奈良時代から平安時代に至る絵詞の変遷過程を詳細に考察することで、日本独自の表現形式の確立過程とその東アジア文化交流における意義を多角的に論証されました。北方工業大学の趙季玉先生は、『今昔物語集』における咸陽宮の描写の特徴を分析し、『和漢朗詠集私注』など複数の中国典籍との関連性を明らかにしました。特に、咸陽宮、函谷関、長城、雁門関という四要素からなる景観描写の成立過程を詳細に追究し、平安時代における中国文化受容の実態を解明されました。
北京大学の丁莉教授は、向偉先生が提起した冊子本から巻子本への展開という新しい推論を評価しつつ、より具体的な事例による裏付けの必要性を指摘されました。趙季玉先生の発表に対しては、中国典籍の受容を考察する際の注釈書の重要性を評価しながら、『和漢朗詠集私注』を主要な出典とする論証についてはさらなる精査が必要だと提言されました。明治大学の馬場小百合先生は、向偉先生の「上図下文」から「左図右文」への変化過程における敦煌変文の影響に関する指摘を評価しつつ、内容面における仏教説話から物語絵巻への展開過程との関連性についてのさらなる探究を提案されました。趙季玉先生の研究については、朗詠注釈書の需要という視点の重要性を認めながら、注釈書写本の系統差という新たな観点からの研究の可能性を示唆されました。
そして、首都師範大学の張静宇先生は、「『太平記』と宋学―孟子思想の受容を中心に」と題する発表を行いました。『太平記』における孟子思想、とりわけ仁政思想の受容について、テキストの引用状況と朱熹注釈の影響という二つの視点から精緻な考察を展開されました。『論語』に次いで引用頻度の高い『孟子』が、趙岐の古注と朱熹の新注を併用しながら、実践的な政治思想として咀嚼されていく様相が具体的に示されました。浙江大学の胡文海先生による「蕪村俳画の方法」は、『安永三年蕪村春興帖』所収の16点の俳画を主たる分析対象として、与謝蕪村の画風の特質を多角的に論じるものでした。とりわけ、叙事と写景の融合、「反転」手法の活用、文人趣味の追求という三つの観点から、蕪村独自の俳画の美学と表現技法が明らかにされ、絵画と俳諧の融合による新たな芸術表現の確立過程が説得的に示されました。
清華大学の高陽長聘副教授は、張先生のテキストに基づく緻密な分析を評価しつつ、太平記講読の世界における受容状況を含む孟子思想の近世的展開についてさらなる探究を提案されました。胡先生の発表に対しては、春興帖16図の分析手法を高く評価する一方で、春興帖以外の作品における古典の受容や蕪村俳画の理論的背景についてより広範な考察を促されました。東京大学の徳盛誠先生は、張先生の研究の政治思想史的価値を認め、特に第三部における足利政権下での思想的変容についての研究方向を示唆されました。胡先生の研究については、俳画と俳句の関係性についての考察を評価しつつ、芭蕉との比較や蕪村における文人意識の形成過程など、今後の研究課題を提示されました。両コメンテーターによる建設的な提言は、各研究の新たな展開可能性を示すものとなりました。
南開大学の蒋雲斗先生は、「『新語園』の内容構成とその文学的影響」と題する発表を行いました。江戸時代における代表的な和製類書『新語園』について、その構成的特徴と文学史的影響を包括的に論じられました。とりわけ、各巻の論理的構造を精査することで編纂の意図を明らかにするとともに、浮世草子や浄瑠璃などの諸ジャンルへの影響関係を具体的に論証し、和製類書における創造的受容の好例として提示されました。北京大学の虞雪健先生による「慈童説話におけるテキストの変遷と王権物語の構築」は、慈童説話の展開を三つの観点―穆王受偈の変容、慈童の役割の変化、菊水説話との融合―から詳細に分析するものでした。中国題材が日本的な王権物語へと再構築される過程を跡付け、東アジア文化交流における慈童説話の特殊性と普遍性を明らかにされました。
これらの発表に対し、首都師範大学の周以量先生からは、文献学的視点に立つ重要な指摘がなされました。蒋先生の研究については、類書研究としての意義を評価しつつ、当時の書肆の動向や出版広告の分析を通じた、作者浅井了意の編纂意図のさらなる解明を促されました。また、虞先生の発表に対しては、中世王権表象との関連づけを評価する一方で、「不老長寿」というモチーフの普遍性にも目を向けるべきとの示唆がなされました。北海道大学の金沢英之教授からは、両発表の方法論的特徴を踏まえた建設的な提言が示されました。蒋先生の発表については、『新語園』の内部構造の精緻な分析を評価しながら、『語園』との比較研究の可能性を指摘されました。虞先生の研究に対しては、説話の形成過程に関する緻密な考証を認めつつ、王権表象との具体的関連性についてより詳細な分析を求められ、さらに日中における「パラレル」な展開という視点の重要性を示唆されました。両コメンテーターの指摘は、類書研究と説話研究それぞれの新たな可能性を示すものとなり、活発な議論を喚起しました。
ラウンドテーブルディスカッションでは、京都大学の道坂昭廣教授の司会のもと、東アジアの古典学研究をめぐる総合的な討論が行われました。討論の口火を切った東京大学の齋藤希史教授は、漢字文化圏における文字の機能、漢文テキストの媒体性、文化的空間の形成、そして研究方法論の刷新など、古典学の基礎的課題について問題提起を行いました。これを受けて、各発表者がそれぞれの研究に対して寄せられたコメントへの応答を行うとともに、自身の研究と東アジア古典学の展望について見解を述べました。発表者たちは互いの研究成果に触発される形で議論を展開し、テキストの伝播と変容、地域的特性と普遍性、研究方法の革新といった多様な観点から、活発な意見交換が行われました。とりわけ、研究対象の時代や地域を超えた対話を通じて、東アジア古典学における新たな研究の可能性が浮き彫りとなりました。
北京大学の丁莉教授は閉会の辞において、「古典学の方法」というテーマのもとで展開された多彩な研究発表と活発な議論を振り返りながら、本シンポジウムの学術的意義を確認されました。特に、文学・思想・文化交流など、分野を横断する研究の可能性と、それを可能にする国際的な対話の場としての本シンポジウムの重要性を強調されました。また、第3回以降の継続的な開催への展望とともに、同時通訳の拡充など、より充実した学術交流の環境整備への意欲も示されました。最後に、国内外からの参加者各位、通訳者、運営に携わったすべてのスタッフへの謝意を述べられ、盛会のうちに幕を閉じました。
(虞 雪健 北京大学外国語学院)