基本情報
概要
講師:馬場小百合先生
題目:『古事記』における戦いの物語と歌
主催
科研「思考のための注釈:東アジア古典学の創新に向けて」
北京大学外国語学院日本語言文化系
当日レポート
本日は、馬場小百合先生が「東アジア古典学の方法」シリーズ講座第七回として、「『古事記』における戦いの物語と歌」というテーマで講義を行いました。『古事記』は皇位継承の正統性が中心的なテーマであり、その中・下巻には数多くの戦いの物語が描かれています。特に、天下の確立に反逆する者や皇位を簒奪しようとする者との戦闘の描写には、多くの歌が織り交ぜられています。これらの歌は、単なる登場人物の発話に留まらず、散文による戦闘描写とは異なる視点から物語を豊かにし、展開において重要な役割を果たしています。今回の講義においては具体的な戦いの物語を取り上げ、『日本書紀』の記述と比較することで、歌の表現が持つ広がりを確かめました。
まず、馬場先生は『古事記』と『日本書紀』における神武天皇の戦いの歌を例に取り、歌謡によって語られる比重が大きいこと、具体的な軍事行動が散文で表現されず、戦争の結末も明示されない点を指摘しました。馬場先生は歌謡の内容を分析し、軍勢の勢い、敵を滅ぼうとする強い意志、戦いの苦しみのようなものは歌謡のリズムや譬喩などによって十分に表現されていると述べました。また、『古事記』という訓主体で書いたものの中で歌謡部分は完全に音読で、歌と散文には異なる叙述機能があると考えました。馬場先生は『古事記』と『日本書紀』の類歌を検討する中で、『日本書紀』には散文に先立って漢文による解説が付けられていることが多い一方で、『古事記』には散文の叙述がほとんど見られないことに注意を促しました。
続いて馬場先生は、『古事記』下巻速総別王と女鳥王の物語と、『日本書紀』の仁徳天皇四十年二月の記述を比較すると、内容に顕著な違いが見られます。『古事記』の歌謡は「歌垣」風の明るい恋愛歌のスタイルを持ち、逃亡の緊張感が欠如し、物語の描写を歌に譲る傾向を持つことを指摘しました。さらに馬場先生は『古事記』下巻における允恭天皇と軽太子の歌謡にも着目し、散文の粗密な情報量には「知り得ない」という、古事記』のリアリティな叙述姿勢が反映されていることを指摘しました。
質疑応答では、齋藤希史先生は講演内容の総括に加え、散文と韻文の複層的な関係、複数の読み方と絵を含む複数のメディアが存在する可能性などを指摘しました。丁莉先生は『日本書紀』と『古事記』の参照、書き換えの程度について質問しました。また、『日本書紀』と『古事記』に反映された態度の違い、『古事記』の序文の意味、『万葉集』における類歌との関係性などについて、盛んな議論が行われました。講座は盛況のうちに終了し、参加者たちはそれぞれの知識と視点から、活発な議論を交わしました。
(北京大学 王蕙鈺)