基本情報
概要
「王昭君と日本古典文学」をテーマに特別講義を行います。
参加学生は国立台湾大学日本語文学系で学ぶ学部生及び大学院生です。
主催
科研「国際協働による東アジア古典学の次世代展開──文字世界のフロンティアを視点として」
国立台湾大学日本語文学系所
当日レポート
台湾大学にて「王昭君と日本古典文学」というタイトルで田村隆先生の特別講義が開催されました。感染症流行のため、日本からオンラインでのご講義となりましたが、台湾大学で日本語・日本文学を専攻する学生及び教員の方々にご参加いただきました。
王昭君は日本古典文学の中でどの様な人物として扱われているのだろうか。田村先生は先ず教科書の中で王昭君は絵にも描かれ、悲劇性も認知されていたことを確認し、王昭君が賄賂を贈らなかった理由への回答に、高須芳次郎の『東西名婦の面影 金言対照』(明治44年、博文館)内容を挙げた。本作品では王昭君が不正を嫌う正直な精神を持っていたため賄賂を贈らなかったと書いているように、賄賂を贈らない公明正大な精神を持っている人物であるからというものになる。しかし、本文には王昭君が匈奴の首長に嫁したと書かれているのみで、そのいきさつは書かれていないため、賄賂を贈らなかった理由として、不正を嫌う精神を持っていたとするのは単なる想像にすぎない。
それでは、日本古典文文学の中で王昭君はどのように受容されているだろうか。田村先生は先ず『今昔物語集』の中の記述を挙げる。『今昔物語集』の中で王昭君は、自分が美しいと分かっているから賄賂を贈らず、当時の人は王昭君に非があると語っていると書かれる。また、嫁いだ後の描写は、王昭君を恋い慕う帝のほうに焦点が移される。このように作品によってフォーカスを当てる場所が異なっており、このような描かれ方は『俊頼髄脳』や『源氏物語』須磨でもなされる。『源氏物語』須磨では元帝が王昭君を思慕していたと書いており、それは元帝が王昭君を愛していたという別説が存在し、平安期に伝来していたことが考えられることを指摘された。
続いて『うつほ物語』では賄賂を贈らなかったために他の妃を醜く描き、王昭君をより美しく描いたために選ばれたと書き、これまでの文献とは選ばれた理由が反対になっている。
尚、『西京雑記』の異文の注記では「楽府解題」の言及があり、『楽府古題要解』を見ると王昭君は自分の容貌を頼りに賄賂を贈らなかったと記述している。この書き方は室町時代に成立した『漢故事和歌集』でも受け継がれているが、12世紀末に成立した『唐物語』では王昭君が選ばれた理由を彼女の美しさに対する他の妃の「嫉妬」としており、日本文学のエッセンスが入ったことを指摘され、また教科書に描かれる王昭君像と近接していることを指摘し、教科書のような王昭君像がこのようにして作られていったことを確認した。
「王昭君と日本古典文学」のご講義の後、現在田村先生が制作に携っておられる「デジタル源氏物語」プロジェクトの紹介をされた。『源氏物語』の版本を世界のどこからでも、またくずし字初心者でも利用できるようにAIで読み取り電子化及び活字化するというプロジェクトである。AIが読めるのは実際のところ全体の8割程度でしかないが、どこまでをAIで「読めている」とするのか、残りの2割をどのようにカバーするのかという問題を、発想の転換で解決するというお話であった。
大変興味深いご講義を頂いた田村隆先生と、ご参加頂いた学生及び先生方に改めて感謝いたします。
(東京大学 特任研究員 松原舞)